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アーティスト紹介

PROFILE

artist 児玉 国弘 (こだま くにひろ)

1973年1月14日生まれ 44才
175cm / 72kg / B型
千葉県出身 船橋市在住
2014年1月1日に40才でインディーズデビュー。
2014年2月14日「一番大切なもの/ありがとう」 ファーストシングル(両曲シングル)をリリース。
2014年9月21日「さよなら/手紙」 セカンドシングル(両曲シングル)をリリース。
2015年3月11日「想い」 ファーストアルバムをリリース。

好きなアーティスト U2 / QUEEN / STING / MICHAEL JACKSON / THE BEATLES / BILLY JOEL / STEVIE WONDER / DAVID FOSTER / AEROSMITH / EARTH, WIND & FIRE / NATALIE IMBRUGLIA / EXILE / MISIA / JUJU / 秦基弘 / 玉置浩二
好きなクラシック作曲家 ショパン / ベートーベン / チャイコフスキー / リスト
好きなバレリーナ アレッサンドラ・フェリ
今はまっている事 タップダンス / バレエ / 紅茶 / 手拭い / 景色を見に行く事
座右の銘 人事を尽くして天命を待つ
好きな言葉 今からでも遅くはない / 愛 / 情熱 / 思いやり
好きな食べ物 米 / つけ麺 / パスタ / スイーツ(特にモンブランとフルーツタルト)
苦手な食べ物 ミョウガ(これだけはどうしてもダメだー。)最近パクチーもダメな事が判明。

HISTORY

3才 ピアノを習い始める。

「父、故幸弘は無名ジャズピアニストで、父の意向でピアノを習わされていました。
 両親が自宅でスナックを経営していて、音楽が身近な環境で育ちました。
 小さい頃からよく店で、カラオケを歌っていました。歌う事が大好きでした。」
小4 トランペットに憧れて、ブラスバンド部に入部。
トランペットを始める。

「とにかく、トランペットがかっこ良く思えました。自ら初めてやりたいと思った楽器
 です。ちなみに小5から高1のやめるまでの間ずーっとファーストでした。」
中2 学校の合唱コンクールで、合唱曲「おかあさん」のピアノ伴奏を弾く。
周りからの評価がよく、初めてピアノをやっていて良かったと思う。

「クラスみんなの推薦で勝手に伴奏者に決まってしまい、初めの頃は嫌で何も練習しま
 せんでした。コンクールの2週間位前になって、やばいやらなきゃと思う様になり、
 猛練習しました。クラスは優秀賞を頂けて、みんなに褒められて有頂天でした。本当に
 嬉しかった。」
高1 友人のロックバンドに加入、キーボードを担当する。

「キーボードをやりたいと思ったのは、実はTM NETWORKの小室氏の影響です。
 バンドに加入して、今まで習っていたピアノやトランペットを、これを機会に
 やめてしまいました。」
高2 別のバンドでヴォーカリストになる。
この頃から、作曲を始める。

「やっぱり歌いたかったー。」
高3 文化祭の時、初めて単独でピアノ弾き語りライブを行う。
オリジナル曲1曲と尾崎豊さんの楽曲を熱唱。

「女の子達が沢山集まってくれて、みんな泣きながら聞いてくれました。
 カバー曲だけど、とても嬉しかった」。
20才 オリジナルデモテープがきっかけで、芸能プロダクションに所属する。
先輩所属アーティスト【ウェザーサイド】の元で、音楽業界修行。
この頃からギターを始める。

「【ウェザーサイド】はポニーキャニオンからデビューしたユニット。
 元オメガトライブの高島信二さん(ギター)、西原俊次さん(キーボード)、現在
 アニソン等で活躍中の高取ヒデアキさん(ヴォーカル)の3人ユニット。
 専属アレンジャーは、何とあの亀田誠治さんです。約2年間お世話になりました。
 僕の事覚えてるかな?」
22才 所属プロダクションを後に、既にメジャーで活躍していた【アンビエンス】の
第2期ヴォーカルオーディションに合格し、ヴォーカリストとしてメンバーに
加入。 同じ頃、お世話になっていたスタジオのオーナーから、コロムビア
レコードの【みんなのうた】シリーズの歌入れのお仕事を頂く様になる。

「【最後の約束】がドラマ主題歌になり大ヒットしたバンド。
 そのバンドに加入するのは、すごく緊張の毎日でした。
 【みんなのうた】では沢山の楽曲を歌わせて頂きました。」
25才 島村楽器にアルバイトとして入社。

「音楽から離れられず、販売員として働かせて頂きました。
 仕事を通して学んだ事が、今に生きています。」
28才 バンプレストから発売された【スーパーロボット大戦 IMPACT】の、CMソング
【Machine Soul ~奇跡を呼ぶ IMPACT POWER~】のヴォーカリストとして
レコーディングに参加。

「主題歌がスケジュールに間に合わず、急遽CMソングを歌わせて頂けることに
 なりました。テレビから自分の歌声が流れてきた時は、本当に感動しました。」
29才 前身の音楽制作会社に入社。
カラオケMIDIデータ制作に勤しむ。

「もっと音楽の専門職に就きたく、年齢的にも最後のチャレンジだと思って仕事をさせて
 頂きました。」
35才 独立して、株式会社ライブオンミュージックを設立。

「前職に諸事情があり、独立する事になりました。
 何もかもが不安で、スタッフを守らなければならないというプレッシャーと
 毎日戦っていました。」
40才 自社インディーズレーベルkodama RECORDSを開設。
自らアーティストとなる。

「人との繋がりの大切さを学びました。何かのせいにしていた弱い自分を赦すことが
 でき、自分の心の声を素直に受け止め、シンガーソングライターになる決心をしま
 した。」

MESSAGE

シンガーソングライターになるのが夢でした。
20代の前半、何とかデビューできるかもという所まで行ったけど叶いませんでした。
その後はだんだん「いつかそのうち」と思うようになり、
さらに家族もでき、仕事も何とかこなしていくという日々に追われて行くと、
夢に向かえないのは、「人のせい、時間のせい」と、自分に言い訳をする様になっていました。
2011年東日本大震災。情報が入る度に心を痛め、何かをしようと立ち上がろうとしても、
結局募金程度しか出来ず、自分の弱さをまた何かのせいにしていました。
2013年に入り40才を迎え、年初から様々な悪い事が身の回りで起こりました。
なかでも夏頃に今まで長い間苦楽を共にしてきた仲間が去って行った事が致命的でした。
これ程、人を失う辛さを痛感した事はありませんでした。しかし、同時に人との繋がりの大切さを
知る事ができ、今まで自分がどれだけ弱い人間だったかを気付かせてくれました。
どこかに置いてきた生きる事の意味や情熱、希望を取り戻し強い自分になりたい。じゃあどうすれば?
「諦めていた夢の一つを実現させよう。41歳を迎えるまでに」。決心した清々しい自分がいました。
このような経緯と情熱を込め、夢の第一段階、児玉国弘このCDにてデビューします。
自分が活動することによって周りの人達にもその熱が伝導していったらとても素敵な事だと思います。
特に、僕と同世代の方々の励みになれたらとても幸せです。何かをすることに遅い事・恐れることはないと。
自分の心の声を封じることなく素直に受け止め、人との繋がりを大切にこれからを歩いて行きたいと思います。
2013.11.22 児玉国弘

 

 

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